悪戦苦闘日記


2004年7月31日    デジカメリコール
使っているデジカメのうちの1台がずっと調子が悪い。一応動作はするので昼間は普通に使っていたのだが、問題は夜。ストロボがちゃんと光らないので写真はいつも真っ黒、また照明の強いところだと一部の画素が飛んで、赤や白の斑点が現れる。いわゆるCCDのドット欠けというヤツで、こいつが出ると大事な写真が台無しになってしまう。せいぜい1年程度しか使ってないのに、最近は充電時のランプも付かなくなり、このままお蔵入りになりそうな感じだった。しかしあまりにも調子がおかしいので、使っているデジカメのユーザー掲示板を見てみた。そこで驚愕、なんとこのカメラがリコールの対象になっている。慌ててオフィシャルサイトへ行き、デジカメのページをチェックする。トップ画面をよ〜く見ると、右下にもの凄く小さな文字でInfomationという文字があり、それを押すと「FinePixをご購入のお客様へのお詫びとお知らせ」という不具合報告のページが出てきた。読んでみると、元々このカメラのCCDには色調異常があり、撮影した画像がちゃんと表示されない症状が出ると書いてあった。原因はCCD配線接合部が高温多湿環境下で劣化し、電気的な接続不良が発生するためらしい。但しその不具合発生は初期ロットに限られ、ここに書いてある製造番号のみ該当とあった。自分のは・・・、やっぱり大当たり、正真正銘の欠陥品だった。さっそくメーカーに電話をして回収を依頼し、翌日宅配便が来てデジカメは工場へ直送されていった。デジモノに不具合はつきもの、でも自分に降りかかるのだけは勘弁して欲しいなぁ。(-人-)ナームー。

2004年7月29日    まったりと狛江市花火大会
相次いで中止される多摩川の花火大会の中で、珍しく復活したところがある。それが狛江市花火大会。多摩地区で一番歴史のあるこの花火大会は一時期休止されたものの、その後復活し本年開催にまで至る。毎年調布と前後するため非常に地味な存在となっているが、規模が小さい分人出も少なく、まったり見物するにはちょうどよい花火大会。おそらく河原で寝そべって、川の流れの音を聞きながら花火が見られるのは、東京広しといえどもここだけだろう。この日は台風の接近というあいにくの気象条件で、風がかなり強く雲も厚い。雨が降るのか持ちこたえるのか、ホームページの開催情報はいつまでたっても更新されず、間際まで開催か中止かがわからなかった。掲示板などの情報を見るとかなりの人出となってるようで、雨が降らない事を信じて出かける。ちょうど通勤ラッシュとかち合い、電車でもみくちゃにされて最寄の駅へ付くと、そこには人が全然いなかった。やな予感を振り切り会場へ向かうと、すでにそこには多くの人がいて、夕涼みを楽しんでいた。花火の前に灯篭流しがあるので、それを見に来たようでもあるが、灯篭流しがあるという事は花火大会は決行。やれやれ。しばらくすると場内アナウンスがあり、開催の挨拶が始まる。延々30分も喋り続ける主催者、観客がうんざりし始めた頃、ようやく地味に打上が始まった。小さな3号玉が単発でパラパラ、たまにスターマインが入っても10秒で終わる。しばらくすると休憩が入り打上は7分間中断、再開してまたしばらくで休憩、花火大会はまったりと進行していった。これといって派手な花火は上がらず、なにか昔のを彷彿させるこの花火大会、たまにはこんな風情もいいかな。

2004年7月26日    豪快!調布市花火大会
多摩川沿線地区最大の花火大会、それが調布市花火大会。今年の開催は7月25日で、横浜と重なった昨年より少し後の開催となった。年々人が増えていくこの大会、今回は日曜日の開催となった事もあり、人出は過去最高。電車に乗っていても通勤時を凌ぐ乗客で、各駅のホームには積み残しのお客が多数いた。最寄り駅ひとつ手前の中野島で降りたが、電車から出るのに一苦労、帰りの切符を買うのにもまた長蛇の列が出来ていた。何とか駅を抜け出して、河川敷に向かう道を人波に流されてダラダラと歩く。現地に着いたのは打上開始20分前、多摩川の堤防はもう人で埋め尽くされていて、やむなく河原の方に降りていく。少し人気のない所に場所をとり、座って開始を待つ・・・、そして開始時間。数発の花火があがり、大きな音が響き渡る。去年は派手なスターマインで始まったが、今年は単発で大きめの花火を4会場から分散して上げ、少し余裕を持たせている。調布の花火大会といえば玉の大きさが有名で、上がる花火一発一発が腹にドーンと応える。中でも尺玉100連発は圧巻で、巨大な花火が空いっぱいに広がり、その勇姿は東京都内、神奈川県下のかなりの範囲から見られる。なのでこの豪快な花火を見ないと、ここに来た意味がないのだ。開始から1時間弱、一発の大きな花火が上がり、間髪を入れず次の花火が空を埋めていく。周りの大歓声をかき消す大きな音が鳴り続け、花火は次々に上がり続ける。その間約8分、最後の最も大きな一発が炸裂し、会場はやんややんやの大喝采となる。締めのスターマインも凄まじく、4箇所から上がる激しいスターマインに目が離せず。まさにフィニッシュを飾るにふさわしい花火だった。この調布花火大会、諸事情により今年が最後になるかもしれないとの事。同じ多摩川の関戸橋、世田谷もすでに中止決定で、残るは狛江、川崎のみ。

2004年7月24日    爽やか信州 〜2日目〜
この日の予定は小淵沢から清里、野辺山までの新スポットを回る事。起床は7時、部屋で簡単に食事を済ませ、ホテルを出たのが9時ちょうど。目指すはフィオーレ小淵沢、ここは昨年オープンした自然植物園で、屋外植物園と昆虫美術館、センター施設で構成されている。入場料700円はちょっと高めの設定だが、中へ入ってみるとその広さに驚く。外周はゆうに2キロ以上あり、散策路を普通に回るだけでもその倍の距離を歩く事になる。園内は綺麗に整備されていて、カサブランカやコスモス、ラベンダー、蓮と、開花時期の違う花がそれぞれ満開になっていた。ここはあまり期待してなかっただけに、いい意味でそれを裏切られた。2時間ほど散策し、次の目的地へ移動。車で走る事30分、着いたのは昨日オープンしたばかりの八ヶ岳大地の園。ここは元々別荘地で、そこにレストランや花壇、ビール園等の施設を新設し、テーマパークとしてリニューアルしたもの。ここも入場料が1500円と高く、割引券を使って1000円で入場、しかし食事券1000円分が付いてきた。つまり入場料が食事代なわけで、お昼を食べる予定でくれば入場料はチャラという考え方だ。入口を抜けるとそこはスイスの街並み!?(行った事ないけど)のような洒落た建物が続き、園内を馬車が走り、あちこちで花が咲き乱れていた。さっそくレストランへ足を運び、バイキングメニューの店へ入る。ここは本格レストランシェフの店でバイキングは1500円、差額の500円を払って入場し、さっそく食べ物を物色。あるある、ズワイガニ、天ぷら、寿司、中華、パスタ、ケーキまで何でもある。手当たり次第食べて1時間で満腹、しばらく動けなくなる。これでこの値段でこれはお得、ここにくれば利用しない手はない。この後清里のサンメドウズへ移動するが、リフトは時間切れで、歩いてユリ園を見て回った。空気がいい、食べ物がおいしい、花が綺麗、信州ってとってもいいところ。

2004年7月23日    爽やか信州 〜1日目〜
予算の都合で毎年恒例の北海道旅行を諦め、代わりに信州1泊旅行に行ってきた。とにかく貧乏旅行なので、車は自家用車、ガソリンはレギュラー、高速道路は混雑する区間だけ走り、宿は格安ビジネスホテルを利用。また、割引券の収集、飲物の持参、食事は1日2食で時間とお金を節約。1日目、朝5時に起床し、6時に自宅を出る。しかし出るのが遅かったせいか、調布インターまでの一般道が大渋滞し、高速に乗ったのは8時前。これで約1時間をロスし、諏訪インターを出たのが10時前だった。目指すは霧が峰、一般車が殆ど走らない裏道を走って、ようやく現地に着いた。6年ぶりに来たこの大草原、車を降りると空気が冷たく、心地よい風が胸元を吹き抜けていく。気持ちいい〜! しばらく周辺を散策し、高山植物等の写真を撮る。しかし何かが足りない。そう、霧が峰といえばニッコウキスゲの名所、本来なら山は黄色に染まっているはず。しかし今年に限って全く花はなく、新緑の景色のまま。ここに留まる意味もなく、早々に隣接する車山高原に移動した。ここもニッコウキスゲの名所のひとつで、山頂から周囲数キロに渡って花が咲き乱れている。7月下旬が見頃で、以前来た時は見渡せる全ての風景が、黄色い花で埋め尽くされていた。ロッジが見えてくると何となく黄色い花がポツリポツリ、確かに花は咲いていた。駐車場周辺はまあまあの密度で花があり、そのまま遊歩道を歩いて山頂まで行ってみた。眼下には白樺湖と大草原、360度パノラマは絶景であったが、期待したニッコウキスゲは余り咲いていなかった。下山は別コースで、湿地周辺の真っ赤なシモツケソウがとても綺麗だった。

2004年7月22日    船を降りたら彼女の島
東京の出版社に勤めるOLが結婚を決意し、それを両親に報告するため、2年ぶりに瀬戸内海に浮かぶ故郷の島へ帰郷する。心配する両親、言い出せない彼女、様々な思い出が幻のように現れまた消える。そして彼女は自分探しの小さな旅に出る・・・。「船を降りたら彼女の島」、この映画は昨年公開され、全国の映画館で上映された。早く見ないといけないと思いつつ忙しさにまぎれ、気が付いたらもう1年以上の月日が過ぎていた。いまはもう上映している映画館はどこもない。と思っていたら、ある日せとうち旬彩館でこのビデオを発見。これはもちろん売り物、買えば正規の値段なのでかなり高い。でもビデオがあるという事は、レンタルビデオ屋に行けば置いてあるはず、そう思って近所のTSUTAYAで探してみた。ここにはなかった。しばらくして半額レンタルが始まったので、今度は街中の大型店の方に行ってみた。探す事5分、それは地下ビデオコーナーの一角にあった。即刻レンタル、家に帰ってさっそく見てみる。なぜそんなにこのビデオを探したか、それは我が故郷、新居浜がロケ地として登場するからだ。そのシーンは冒頭から1時間15分くらいのところから始まった。出てきたのは星越住宅、広瀬公園、山根グラウンド、東平といった、かつて別子銅山が栄えていた頃の関連施設の跡地が中心。その昔、確かに行った事がある。でも普段は行かないところ、しかもこれといって何かがあるわけでなない。しかしそこが故郷である事に変わりはなく、懐かしい映像に時間の隔たりを感じた。去年の夏は帰らなかったが、今年の夏は自分探しに帰ってみるか・・・。

2004年7月20日    暑さ限界40度
とにかく暑い。関東地方は朝から気温がぐんぐん上がり、各地で記録的な猛暑となった。東京は39.5度、甲府は39.9度、千葉では40度と、まるで赤道直下のような灼熱地獄。何をするにも事が進まず、外に出ると汗が噴出し、倒れそうになる。正直なところ、生まれてこの方これだけの暑さは経験した事がない。というかあり得ないのだ。元々南国四国生まれなので、子供の頃から暑さには慣れている。夏休みといっても自宅にクーラーなどなく、扇風機で風を送るだけ、でもこれでけっこう過ごせたのだ。暑いといっても気温はせいぜい30度少々、今のような極暑でなく、熱帯夜というのも殆ど覚えがない。たまに暑くなれば海や川やプールに行くし、自転車に乗っているだけでけっこう涼しいのだ。四国の夏は湿気が少なくて快適、もちろん夕立なんて滅多にお目にかからない。関東に来て驚いたのは、夏の気温と湿度の高さ。東京の場合はこれに加えてヒートアイランド現象で、周辺部よりさらに気温が高く、アスファルトの照り返しも強い。これが記録的な猛暑を生んだ理由であるが、さすがに気温が40度を超えてしまうと、これはもうまともな生活が出来ない。家の中にいても熱中症で倒れる人が多く、対策は冷房を入れる事以外に方法はない。くしくも今日は終業式、今年の夏の専制パンチは、学校の先生をも悩ませる。

2004年7月18日    花火は部屋で見ろ
世間は3連休、海や山は人で賑わい、各地でイベントや祭りが行われている。ここ横浜でも国際花火大会があり、会場となる臨海地区周辺は朝からもの凄い人出となった。みなとみらい線が開通して初めての花火大会、人出は過去最高の50万人を軽く超え、山下公園は午後2時に入場制限となった。開始時間は7時半、炎天下の人ごみの中開始を待つにはあまりにも時間が長い。花火中継掲示板を見てみると、どこの会場も足を踏み入れる余地はない様子。一応見に行く予定にしていたので、とりあえず外に出てみると猛暑で頭がクラクラ。おかげで全く行く気力がなくなり、今回の花火見物は見送る事にした。家に帰ってシャワーを浴び、クーラーの効いた部屋でゴロゴロ、しかしどうも落ち着かない。もちろん花火は見たい、でも行くのも大変だし、行ったところで見られる場所はない。そんな時にふと気がついた。今日は横浜スタジアムでプロ野球がある。という事はテレビ中継があり、途中イニングで花火中継が入るはず。さっそくテレビを付け、TVKを見てみると確かに野球中継はやっていた。しかし花火中継が入る様子がなく、しかたなく適当にチャンネルを回す。と、突然山下公園からの生中継画面が映し出された。これはCATVの地元チャンネル、国際花火大会2時間生中継というテロップが入る。これはラッキー、諦めていた花火がクーラーの効いた涼しい部屋で全部見られる。テレビの音声をサラウンドに設定し、画面を少し暗くして、部屋の電気を消してスタンバイ。さっそく始まった豪華な花火を、冷たい飲物を飲みながら余裕で見たのであった。こりゃあええわい!

2004年7月16日    みなとみらいは桃の香り
横浜で山梨県石和町のイベントがあり、みなとみらいのクイーンズスクエアまで行ってきた。石和町、横浜ではあまり馴染みのない名前だが、石和温泉といえば知ってる人が多いのではないだろうか。山梨県では一番来訪者の多い温泉地である。(行った事はないが(笑)) またここはフルーツの里でもあり、桃をはじめぶどう、イチゴなど観光農園が多数ある。で、今回はこの石和温泉が主体となって、観光PRのために横浜まで出向いたというわけだ。イベントはもちろん観光案内が目的であるので、会場にはパンフレット等が多数置かれているが、この日のメインはよさこい鳴子踊り。演舞するのは甲斐◇風林火山で、今回は大人だけの編成となっていた。東京ドーム以来3ヶ月ぶりに見るこのチームの踊り、相変わらず切れのいい動きと軽快な音楽が心地いい。しかしステージはこれだけではなかった。よさこいが終わった後に中国雑技談が登場し、皿回し、一輪車等、難易度の高い技を披露し始めた。これには見ていたお客もビックリ、場は先ほどとは違った盛り上がりを見せ始め、通りすがりの人も思わず足を止める。ステージが終わると主催者からのプレゼントタイムとなり、いきなりクイズが始まる。正解者には桃、もしくはぶどうがプレゼントされるという事で、ステージ前には急に人が増える。最初は富士山の高さなど簡単な問題だったのが、最後の方は石和町の名産品等というカルトな問題となり、誰もわからないので結局3択に。都合3回のステージだったので、3回全部参加しそれぞれ正解、無事桃とぶどうをゲットしたのであった。家に帰ってさっそく桃を食べたら、それはかつてないほど美味で極甘のものだった。凄いぞ、石和町の桃!

2004年7月14日    メモリ貧乏
デジカメが進化するにつれ様々なメモリが誕生し、規格統一されないまま今日に至っている。コンパクトフラッシュ、SDメモリーカード、xDピクチャーカード、スマードマディア、メモリースティック、MMC、マイクロドライブ等々、新旧メディアが入り乱れている。しかしこれだけメディアが乱立すると、採用メーカーが困る以上にユーザーが不利益を受ける。自分の場合、マジカメからデジカメに切り替えたのは5年前。初代はフジのファインピックスで、メディアはスマートメディア。2代目も同じくファインピックスだったのでメディアは流用し、足りない分を買い足し、普通に使っていた。しかしこのカメラを買った直後にフジはメモリをxDピクチャーカードに変更してしまい、自分の使っているカメラもマイナーチェンジでxD対応となってしまった。こうなると次はどこのカメラを買っても新たにメモリを買う必要があり、使っていたデジカメもそう長くは使えなくなった。そこで新たに購入したのがパナソニックのルミックス。対応メディアはSDメモリーカードで、これは携帯電話やPDA、音楽用のメモリとしても使える。難をいえば価格が高い事と、カメラとしての採用メーカーが少ない事。まぁこれはしょうがないとして、使いこなしていくうちにやはりメモリが足りないという事態になってきた。安いメディアを探しに秋葉原まで行ったら、狙っていた格安メーカーの物は売り切れで、他にあったのは噂のメーカー、サンディスク。ハギワラシスコムという選択もあったが、今回は安い方という事でとりあえずサンディスク製品を買って帰る。家に帰って価格comで評価を見たら、この商品は他に例を見ないほどの悪評とクレームの嵐。どうやらまともに動作するのはまれで、殆どのケースで作業中に不具合を起こしデータが飛んでしまうらしい。これから祭り本番、せっかくなけなしの金をはたいて買ったのに、またやられた・・・。

2004年7月12日    参議員なんていらない
参議院選挙が終わって結果を見てみれば、民主党が多少議席を増やしたものの、与党は改選議席を確保し大勢に影響なし。あれだけ大騒ぎした割には世間は変化を求めず、興味もあまりなかったようだ。それはそうかもしれない。そもそも議決優先権は衆議院にあり、いくら参議院で審議して議決、あるいは否決しても、衆議院の議決が優先するのである。なので参議院なんていらないのだ。しかも任期は6年、改選されるのは半分ずつで、リアルタイムでの民意が反映されない仕組みになっている。政治に対する知識が全くないタレントや、民間ならとっくに定年を過ぎた年配者が、有識者なんて名のものに次々と当選していく、これは非常に憂いしき問題だ。定数も多すぎる。衆議院480人、参議員247人、合計727人もの国会議員を抱えるのは、先進国では日本だけ。例えばアメリカは人口は日本の2倍、それに対して上院議員100人、下院議員435人の総勢535人である。人口比で行くと日本の1/3、このくらいが世界標準なのである。議員の平均年齢も世界で一番高いのが日本。海外では通常30〜40才代が主力であるが、日本の場合は60〜70才と異常に高齢で、50才でも若手なんて言われる。一体どうなってんだこの国は? 老人による老人による老人のための政治、それが金満日本。一度吸った甘い汁は離さないのである。日本の議員はかなり高額の歳費が認められていて、年額二千数百万円が支給される。またそれとは別に文書、通信、交通、滞在費月額100万円が支給され、立法事務費として議員一人あたり月額65万円が各会派に交付される。こんないい商売は他にないから誰でも立候補、当選すれば最低6年間は先生と呼ばれ、非常にいい暮らしが出来るのである。

2004年7月10日    カレーはハインツ
こう毎日暑いとなかなか食欲がわかない。せいぜい食べたくなるものといえばカレー、それも思いっきり辛いヤツ。我家で作るカレーといえばLEEなのだが、いつも作っているわけではない。時間がないときや作るのが面倒臭い時のためにレトルトカレーを常備している。ところがレトルトカレーにはこれといっておいしいものがなく、値段もけっこう高い。手軽に食べられるとはいえ、カレーはやはりおいしいものが食べたい。そう思っていた矢先、先日横浜で珍しい物を見つけた。缶入りのカレー、ハインツ欧風ビーフカレー(辛口)だ。これは十年位前によく買っていたもので、十字屋というスーパーにだけ置いてあった。適度に粘りがあって香辛料の臭いがプンプンするこのカレーは、業務用としてレストランなどで使われていて、有名な房総の海老カレーもまさにこれが使われている。十字屋がなくなり、その後色々な店を探したがどこにも置いてなかったこの商品、なんと横浜駅の地下街で偶然発見した。中辛はたまに近くのスーパーでお目にかかる。しかし辛口が置いてある事はいまだかつてなかった。なのでこのカレーと再開したのは実に10年ぶり、迷わず840グラム入りの缶を抱えてレジに走った。家に帰ってさっそく食べてみると、香辛料の聞いた爽やかな辛さは昔と変わりなく、思わず額から汗が吹き出だ。辛い、でも実にうまい! 久々に巡り合ったこの一品は、しばらく病みつきになりそうだ。

2004年7月8日    バーゲンセールなんていらない
世間では七夕祭りがファイナルを向かえ、いよいよこれからが夏本番となる。梅雨がまだ明けないので天気は曇り、あいかわらず湿度だけは高くてムシムシと熱い。所用で街へ出る事になり、電車に乗り横浜駅で降りると、平日にもかかわらず駅構内は激しく混雑していた。そう、この時期はどこへ行ってもバーゲンセールをやっているのだ。怒涛の勢いで東口、西口の各デパートへ押し寄せるおばちゃん軍団の人並みに揉まれ、なんとか通路を抜け出す。それにしても凄い人出だ。普段の土日でもこんなに人はいないのに、午前中から増殖したこの軍団は、大きな袋を抱えて終日走り回る。お昼になり、昼食を取ろうと空いてる店を探してみたが、どこの店も軍団に占拠され入り込む余地なし。全く金満というか暇というか、毎日汗水たらして働いている親父たちを尻目に、遊び続ける婦人達。日本が平和なのか男が馬鹿なのかわからないが、任された家計をこんな所に落としてしまうのはどうにも情けない。働く親父は女房を遊ばすために280円の豚丼で食べ、かたや女房は買物三昧のあげく2000円の豪華ランチを頂く。男が稼いで女が消費する、消費する事は経済の循環をよくさせるが、これじゃ真面目に働いている親父達が可哀想だ。たまにはウナギでも食べさせてあげなさい。

2004年7月6日    クライアントとの再会
先日来た仕事の話で、とりあえず先方に出向く事になった。元クライアントとはいえ、この会社に足を運ぶのは数年ぶりで、既に人事も組織も大きく変わっていた。電話で話をしたのは人事担当、しかし約束の時間に行くとそこには部長と役員の3名がいて、こちらが来るのを首を長くして待っていた。一応履歴書と職務経歴書はメールで送っているが、今日の段取りは面接という事ではなくあくまでも面談。元クライアントという事での義理立てと、人材銀行えの姿勢を示すためこういう形になった。そうはいっても久々に訪問したこの会社、社内の様子が変わっているので何だか落ち着かず、最初の挨拶で声がちょっとうわずる。先方の話が始まって、しばらく静かにそれを聞き、一通りの話が終わったところで3:1でディスカッション。仕事のビジョン、業界の展望と新しいビジネスモデルについて話が及び、その場で思いついた事をガンガン喋る。あくまでも流暢に、また自信を持って話をするので先方役員を感心させてしまい、人事担当は目を白黒。元々人事採用には精通しているので、採用戦略は得意分野。もちろん普通の会社の人事レベルなら自分の方が労基や法令に詳しいし、情報も持っている。人事担当としてはこういう人間が会社に入ってくると、自分の首が一番危なくなるので慌てふためいたようだった。まぁ今回はちょっとやりすぎたので、次回からはもう少し控えめに話をしたいと思う。家に帰ると先日駆け込んだ某社から書類が届いていた。中を開けると一枚の書面があり、そこには書類確かに受領しましたとだけ書いてあった。何だそりゃ?

2004年7月4日    祭りかけもち
7月になるとあちこちで祭りが始まり、週末のイベントは目白押し。今年は選挙やオリンピックの影響もあり、イベントの開催日程が一定期間に集中している。早速始まった七夕祭りもこれらの影響をモロに受け、平塚などでは数日間日程が繰り上がっている。おかげで今年の平塚七夕祭りと座間燦夏祭が重なってしまい、同じよさこい系イベントが同日に開催される事になった。同じ地域で同じ内容のイベント、出場予定者もそれぞれ横浜周辺のよさこいチームで、双方にまんべなく分かれている。これは困った。開催時間もほぼ重なっているので、どっちに行くか判断しないといけない。両会場はけっこう距離があり、交通の便はとてもいいとは言いがたい。電車だと3線乗継、しかも駅から会場までは距離があるのでバスを利用、これはかなり時間がかかる。車だとそれぞれ市内周辺道路の渋滞が激しく、駐車場を確保するのは至難の業、いつになったら着くのかわからない。イベント前夜までさんざ考えたあげく、結局車で出かける事になった。結果は朝から予想通りの大渋滞で、横浜〜平塚間の移動に何と2時間半も費やしてしまった。おかげで平塚に着いた時には周辺駐車場はふさがってしまい、少し離れた場所にかろうじて駐車。なんとかイベントには間にあったものの、ゆっくり祭りを楽しむ事は出来なくなった。しかし問題はここから、座間までの移動の方なのだ。平塚〜座間はそんなに距離はない。しかし時折前へ進まなくなり、1時間以上かかって会場に到着。車を降りたらちょうどメインステージから音楽が鳴り始めた。もうかけもちはうんざり。

2004年7月2日    笹の葉サラサラ商店街
この間年が明けたと思ったらもう半年、気がついたら街はすっかり夏の装いになっている。7月といえば七夕、駅前や商店街には派手な飾り付けがされ、全国各地で様々なイベントが行われる。関東で七夕祭りといえば平塚が有名で、豪華な竹飾りが街中を埋め尽くし、パレードやセレモニーが行われる。ただこういった祭りとは別に、それぞれの地域に根ざした意外と知られていない七夕祭りもある。場所は川崎駅から2キロほどにある中島商店街、ここは毎年大きな七夕飾りを出しているところで、通りいっぱいに個性溢れる竹飾りが置かれている。実はここの七夕は去年初めて知って、その素朴な風景が何とも面白く、また今年も見に行く事にしたのだった。この中島商店街は昔からある商店街で、古きよき時代のレトロな店が数多く並んでいる。製麺屋の一玉70円の中華そば、総菜屋のうずら卵の串揚げや串団子、雑貨屋の縁台に無造作に乗っている駄菓子、それら全てが妙に懐かしくまた興味をそそる。風でなびく大きな竹飾りの下、地元の人が普通に買物をしていく何の変哲もない商店街。似ても似つかない変なキャラクターや、おかしな名前の入ったオブジェのような飾り、これらは素人の手作りなんだろう。しかしそれらが集合体になるととても豪華な飾りに見え、買物に来た人の目を楽しませる。ホッとする昭和の風景、それが中島商店街


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